毎日を楽しむ術 仮説①「非日常」度合いを高くする。
---平日はなんとか乗り切って、休日に解放する---
---平日はつまんないけど、休日は楽しい---
が当たり前な世の中だけど、僕は基本的に
「毎日ずっと楽しい。」
の方が絶対いいって思ってます。
でも少し前からそれって可能なのかって思い始めて、
なんだかんだで日常があるから非日常が特別なものとして楽しめるんだって考えも浮かびましたが、
「非日常」の度合いを高めていけば、毎日ずっと楽しいんじゃないかって仮説を立てました。
「非日常」は頻度が少ないから「非日常」な訳であり、「非日常」だったことでも同じ事が長く続けば、それは「日常」になります。
同じ事をする時間を減らして、代わりに別のことをする時間が増えれば、「非日常」の度合いが高まると言えるかもしれません。そうすれば、「日常」の割合も減り、ともすれば今まで「日常」だったものが「非日常」にだってなりうるのです。
「非日常」、「日常」を連呼しすぎて分かりづらくなっていますが、要するにやること増やして同じ事を続けないってことです。
これは旅の楽しみ方でも同じ事です。
旅がなんで楽しいかって言ったら、非日常が味わえるからです。
見慣れた景色、見慣れた顔ぶれから離れる事によって、
解放感や自由、不安、孤独感全て含めた日常では味わえない感覚を得られるのです。
また、「非日常」を体験している時、人は感受性が高まり、吸収できるものが多くなると思っています。
必ずしも、「旅=非日常」という訳にも行きません。旅中に常に「非日常」を感じ、多くの刺激を得るにはどうしたらよいのでしょうか。
2013年の冬、東ヨーロッパを旅した時、僕はチェコのプラハ、オーストリアのウィーン、ハンガリーのブダペストを廻りました。最初こそ、おとぎ話の中のような綺麗な町並みに興奮するものの、しだいにどこも同じような建物や教会ばかりでつまらないと感じ始めました。(建築やアートに関する知識が深ければもっと楽しめたのかもしれません。)
そこで僕はトルコのイスタンブールに行く事にしました。トルコはイスラム圏なので、東ヨーロッパとは全然違った文化と出会う事ができました。ムスリム信者が集う礼拝堂で、世界遺産である歴史的建造物のひとつブルーモスクを観たときは感動しました。
イスタンブールに滞在中に世界一周中の旅人と出会って話したのですが、彼も同じようなことを感じていました。しかし、彼の場合は中国から中央アジアを廻ってトルコに入ってきて、
「今まで散々イスラムのモスクを見てきたから、トルコは新鮮さがない。早く、ヨーロッパに行きたい」とのことでした。
同じイスタンブールにいても、イスラム圏が日常になってしまった彼にとっては、僕がトルコに来て感じたような刺激を感じれなかったというのです。
「当たり前」になった時、人は感受性を失います。
僕は旅の刺激を忘れない為には同じところに留まらない、つまり「移動」が大切だと思っています。それも「全く異なる文化圏」に飛び込む移動が刺激を途切れさせないコツなんじゃないかと思いました。
以前、世界一周にすごく憧れていた時期もあったのですが、今ではそれに少し疑問を感じます。
世界地図を塗りつぶしていくように地道に旅していくよりは、文化圏を飛び越えてダイナミックに旅したり、一旦母国に帰ってみるとか、驚きを忘れないよう旅を「非日常」たらしめる工夫が必要なんじゃないかと思います。久々に帰る日本の安心感がびっくりするくらい「非日常」を感じさせてくれる事もあります。
「非日常」の度合いを増やして、常に感受性の高い自分でいたいと思います。
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